ぼくが死んだら,ここをぼくの墓だと思って,
ときどき訪れては,
ほんの少しでもいいからぼくのことなど想ってくれたらうれしい。
音楽をかけて,酒でもやってくれるとなおよし。
下のメールアドレスになんかつぶやいてくれたら,もしかしたら届くかも?
なんとまかり間違って返事が来たりするかもしれない。
urlを貼ったり,リブログしたり,そこにコメントをくれたりしてもいいし,
みなさんの方でも遺書を書いてみたりしてくれたら,それはさながらネットを彷徨う共同墓地のようなじゃないか。
さて,ぼくはそのとき走り抜けられたと言えるのだろうか?
生きてきたと胸をはって言えるだろうか?
ぼくが生きていた意味などないことはわかっているけれども,
こうやって死んだときのことについて思いをめぐらせると,
ぼくも多分に漏れず生の意味を探してしまう人間の一人であったらしい。
だけど,もしぼくの生に何かしらの意味を見つけることができるとすれば,
それはみんなの中に残ったぼくの残像とか記憶だけにしかないと思う。
いちおう法律家らしく,これは遺言ではなく遺書である,と言っておこう。
でも,ぼくにとっては,今後作るかもしれない遺言よりも,ずっと大事なメッセージである。
ありがとう。
2010年11月3日
水野 祐
tasukumizuno[a]gmail.com
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